適応障害で揺らぐ私の日記

適応障害で休職中。26歳OL。だいたい1年くらい休んでる。復職か退職かで揺らぐ日々の日記。

なんか会社辞めたくなってきた

復職が決まったと思いきや、いったん保留になりモヤモヤした日々を過ごしています。

 

面談前は、復職に向けて前向きになっていた。私の病気のことを知ってくれてる人たちがいる方が仕事や体調の相談もしやすくて、自分にとって良いと思っていた。その場合の希望としては、「部署は変えたい」「職場は前と同じ場所がいい」「以前提案してもらった事務系の仕事2つのどちらかが良い」だった。

それと、以前は借り上げ社宅に住んでいたため、職場近くにまた引っ越した上で復帰に向けた慣らし出勤をしていくものだと思っていた。

出来るだけ休職前と同じ生活リズム・スタイルで、部署は変えて働く。これが私の希望だった。

 

面談をしてみると、「事務系で内勤オンリーだけど部署は前と同じ」「職場は慣らし期間中は元の場所だけど本復帰となると絶対その職場でと約束はできない」「慣らし期間は社宅を借りられないから実家から通勤」というのが会社からの要望&提案だった。

そして会社側に先手を打たれてしまった私は、希望をほとんど言えずに向こうの意向を呑む形で面談は終わってしまった。

正直全ての希望が通るとは思っては居なかったけど、この内容を聞いてその後日々考えるにつれて段々不安が大きくなってきている。

仕事内容は内勤オンリーになるけど、部署が同じ時点で労働環境は前とあまり変わらなさそう。外出ずっぱりで残業多い外勤の人たちとの仕事のやりにくさは変わらないし、仕事内容はむしろ前より幅広くなりそうな雰囲気もある。

実家から通勤するにも自転車と電車で2時間弱はかかる。さらに元の職場で本復職できることをハッキリと確定してもらえなかった。

なんか条件悪くなってない?私にとってのメリットが少なくない?

この時点で不安だらけだし復帰するのがちょっと嫌になってる。

しかも盆明けからの慣らし勤務が保留になったことで一気に気が抜けて、さらにモチベーションはガタ落ち。

 

そういえば今日(借り上げ社宅だった)前の住まいの空き予定連絡がきたけど、契約しようにもしにくい状況でめっちゃ悩んでる。

復帰が保留になったから入居時期的にも微妙だし、そもそも本復帰前に契約してしまうと社宅として扱えないから家賃負担がデカすぎる。

貯金もそんなに無いし、傷病手当金で家賃や生活費全部まかなえるとは思えないし。

 

色々どうしたらいいのか分かんない。

 

なんかもう復職せずに会社辞めたくなってきた。

 

復職は保留になりました

事務員さんからメールが来ました。

お盆明けのお試し出勤はとりあえず保留になりました。もう少し休んでから調整していきましょうとのことです。

 

そんな今の心情の内訳はというと、

ほっとした気持ち:50%

何がダメだったのかという自責:50%

 

安心感もあったけど、会社にとって自分のどこが不完全に見えたのかが気になるし、覚悟を決めてただけに少し残念な気持ちもあり複雑。

復帰が決まった時も複雑だったし、復帰が保留になっても複雑なの、我ながらどないやねんってツッコみたくなります(笑)

 

とりあえず今できるのは生活リズムを治すのみです。

 

復職に向けて面談

 

先日、職場の支社長、人事、事務員さんに時間を作っていただき、会社でお話してきました。

今までの面談は1週間前くらいから緊張と不安でドキドキしっぱなしだったけど、今回は前日の夜からちょっとドキドキする程度でした。これまでの気持ちと比べるとだいぶ進歩だなと自分で思いました。

 

面談内容は、おもに仕事復帰の流れや働く場所や業務内容についてでした。

まず、仕事復帰の流れについて。

我が社の制度的に、一度復職届を出してしまうと5日間フルタイムで勤務しなければならない&同じ病名で再び休職ができない、らしいです。

なので休職期間を利用して、少しずつ慣らし勤務をしていくことになりました。

ここで問題になるのが「働く場所」です。

私の場合、職場と実家が別々の県にあります。なので仕事をしていた時は実家を出て、社宅に一人暮らししていました。けど、休職することになり、すったもんだあり、今は実家に戻っています。

これはどういうことかと言うと、実家から職場まで県をまたぎ、電車を乗り継ぎ、1時間半かけて通勤しなければならないのです。あくまでも慣らし勤務の間の話で、本復帰となったら場合に応じて社宅はまた借りられるらしいですが、業務に加えて電車通勤となると正直考えるだけでもかなりしんどい。。かなり不安です。

人事は実家のある県の事務所で慣らし勤務することを提案してくれましたが、そこの事務所には行ったこともなく顔見知りもほぼ居らずのため慣らしにならないと言うことで断りました。

やっぱり自分のことを知ってくれてる人がいる元の職場の方が何かあったときに相談しやすいと思ったので。あとどちらの事務所も通勤時間的にはさほど変わらないってのもあるので(笑)

ここは頑張りどころです。いや、もっと楽に通勤できるように頼んだ方がいいのか?分かんないな?でもまあ、ちゃんと働けるか分からんやつの家を借りるリスクを会社も負いたくないでしょうしね(笑)

 

そして業務内容について。

会社の総意としては元の部署に戻ってほしい、と言われちゃいました。予想外すぎて聞いた瞬間に思考停止してしまいました。ただ、以前みたいに対外的な仕事ではなく、内勤で事務的な仕事をやるということみたいです。

私としては、元の部署に戻るなんて考えてもなかったし、他の部署に異動するとばかり考えていたから、とっても複雑です。

部署の先輩、思ったこと何でも愚痴るタイプでエナジーバンパイア的な部分もあるので体力吸い取られそうな気がして一緒に働いていけるかも心配です。。

 

また辛くなって体調崩さないかな、、不安が大きくなってきました。

 

面談終わってから一気に疲労感が襲ってきました。胸もザワザワしてきました。久しぶりのこの感覚。ストレスを感じてるのがとても分かります。

慣らし出勤はお盆明けに始まる予定です。

それまでにモチベーションは保てるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

母の鼓膜が破れた話 〜治療編〜

耳かきで鼓膜を突き破った次の日、病院に行った母。

結構大きな穴が開いているらしく、もし治りが悪かったら手術もあり得るとのことでした。

 

お医者さんの指示のもと

①破れた側の耳に水を入れない

②1日2回点耳薬を挿す

を守る日々がスタートしました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

①破れた側の耳に水を入れない

水を入れない=シャンプーのときが勝負です。

防水方法ですが、病院では特に教えてもらえなかったので、なにか使えるものは無いか、家中を探し回りました。

そこで使えるかも?と思ったのがこれ


 

学生時代に怪我した際よく使った絆創膏の上から貼る防水フィルム。

これが本当に万能でした。

これを耳の空間全体を覆うようにペタッと密着させて貼りました。念のために小さな綿を耳の穴に詰めてダブルガード。

結果、全く水漏れなし!!!

しっかり肌に密着させて、隙間を作らなければ問題なしでした。シャワー中に剥がれることなく、お風呂あがりに剥がす時もかなりの接着力が残っていたので安心感ばつぐん。

母曰く、剥がすときの痛みはさほど無いそうです。それよりも②の薬の方が痛いらしい、、

 

②1日2回点耳薬を挿す

しばらくは点耳薬でバイ菌の繁殖を防ぐ治療をすることに。

初期の頃は痛さと液体が耳を伝っていく感覚の気持ち悪さで大変だったらしいです。

挿す時は毎回憂鬱そうにしていた母でした。

薬をさしてから10分間は液漏れしない様に横になって安静にしておくのですが、その時に少しでも母の体に触れたり振動を加えたらそれだけで痛かったそうです。

2週間くらい経つと痛みは大分マシになったらしいですが、耳の中に薬が伝っていく感覚はとても気持ち悪いらしく、毎回薬を挿した瞬間はなんとも言えない奇声をあげています笑

 

本人にしか分からない痛みで見ているこちらも痛い気持ちになりそうです。

治療の様子を見ていると鼓膜だけは絶対に破りたくないと心の底から思う日々です。

 

母の鼓膜が破れた話

 

先日、夜12時を回った頃でした。

母の鼓膜が破れました。

 

耳かきしてる最中に勢い余ってズボッといったみたいです。

 

そのとき、母はひとりで寝室にいました。

リビングにいた私は、母の『ヒャアーーー!』という叫び声を聞いて

(母がまた何か叫んでるなあ(´-`).。oO)

ぐらいに思っていました。リビングに一緒にいた父も多分そう。

冷たいようですが、よく叫ぶ母なので、すぐに駆け寄る体質になっていないのです。

 

でも、何があったのか一応様子を見に行くと

痛みと耳が聴こえないことにパニック状態になっている母の姿が!!!

 

これは本気のヤツだ!!!!!

 

めちゃくちゃ焦りました。こういう緊急事態ってほとんど経験してこなかったのでどうしたら良いか全く分かりません。

 

父は救急車呼ぶか?と声かけましたが、

そんなの今の母には決められません。

『痛い!どうしたら良いのか分からない!』

とひたすらパニック状態なのです。

 

結局父がかかりつけの病院に電話しましたが耳鼻科は救急搬送しても治療できる先生がおらず意味がないと言われ。

そして病院の方から【#7119】に電話をかけるように教えてもらったそうです。

 

【#7119】とは救急安心センターに繋がる短縮ダイヤルのこと。救急車を呼ぶか悩んだ時にお医者さんや看護師さんが適切な対応を判断してくれたり、応急処置の方法を教えてくれたりします。

 

父はすぐ【#7119】に電話をかけ、母の症状を伝えて応急処置法を聞いてくれました。

 

その時の私は、とにかく母を落ち着かせるしかない!と思い、母の背中をさすったり、深呼吸を促したり、手を握ったりしてました。

 

落ち着かせながら、急なトラブルに対処できない私って無力だなとつくづく思い知りました。

父が居なかったら私もパニックになって本当に危ないところでした。

 

覚えておこう。【#7119】

 

その日は応急処置として保冷剤で耳を冷やして、翌日耳鼻科を受診するようにと指示を受けたので、その様にして就寝しました。

 

そして翌日、耳鼻科で診てもらった結果、

鼓膜にかなり大きな穴が空いていたそうです。

母は興奮した様子でちょっと楽しそうに、鼓膜の穴の大きさを指で表現して教えてくれました。

耳の痛みも無くなり、普段の母に戻った様子で、少し安心。

 

でもこの日から《1日2回の消毒》という試練が毎日続くことになったのです。

これが母をまた苦しめる事になるとは、、

 

 

 

 

毎日だらだらしてる

現在2021年5月10日午前5時。

 

2020年9月に休職し始めてから、もう9ヶ月経ってしまいました。

 

この4月から一人暮らしの家を引き払って実家に帰ってきました。

 

それから毎日だらだらと過ごしてます。

 

起床してリビングに行くと、大体ヒルナンデスがついてて、寝ぼけながら報道フロアからの最新ニュースを聞いてます。

たまにミヤネ屋の時間まで寝てる時もあります。

 

そこから何をするかと言えば、リビングに寝っ転がってスマホゲームしたりポイ活アプリをしたりしてます。

たまに起き上がって両親が食べてる昼ごはんを横からへつったりします。

 

そして私はおうちが大好きなので、外に出かけることもほとんどなく、用事がないと1週間まるまる外に出ないとかはザラです。

近所にある24h営業のスポーツジムを契約しているのに4月以降はまだ3回くらいしか行ってません。

全く動こうとしない罪悪感を消すために、スロイジの「毎日3分痩せルーティーン」だけは欠かさずやります。両親と楽しんでやってます。

でもたまにスロイジの時間まで眠り続けて飛ばすことがあります。

 

夜ご飯は親が作ってくれたものをありがたくいただいて、食べたらまたすぐスマホいじりを始めます。いちど寝っ転がると起き上がる気力を失ってしまうので、洗い物も全部親に甘えきりです。

でもここ最近、さすがに何かしなければ実家での居心地があまり良くないと感じ始めたので、洗い物をたまーにやることにしました。

 

料理も洗い物も一人暮らしのときは全部自分でやってたのに、実家に帰ると全部甘えてしまってやらなくなるの、なんででしょうね。

 

なんやかんや済ませて、ベッドに入ってからもスマホをいじる手は止まらず、たいてい外が明るくなってくると寝なきゃヤバいと焦り始めて6時くらいに眠りにつきます。

 

改めて書き出してみるとひどい生活です。

いくら病気療養中とはいえ、なにもしなさすぎです。めちゃくちゃ勿体無い生活をしているような気がしてなりません。

 

完全に昼夜逆転の日々を過ごして1ヶ月以上が経ち、さすがに働かなきゃと思うことが増えてきました。でもこんな生活を続けている私が社会復帰できるのかどうか。

朝起きて、通勤して、頭を使って仕事するなんて、到底できる気がしません。

 

現在5時50分。

外が明るいので流石にもうそろそろ寝ます。

結局今日もだらだらの1日が始まりそうです。

 

 

 

 

 

私が夢見た話

 

ちょっと好意を寄せている男友達がいる。

学生時代の同級生で、クラスでは割と仲のいいほうだった。

仲良しグループで遊びに行ったり、飲みに行ったりしたし、

2人きりでお祭りや水族館に出かけたこともあった。

一緒に遊ぶうちに、私はその男友達に少しずつ好意を寄せるようになっていった。

 

 

ある日、私は男友達にオススメしてもらったドラマの感想を伝えたくて、電話をかけた。

電話の向こうは風が強く吹いている。

どうやら駅のホームにいるみたいだ。

 

しばらくドラマ話で盛り上がっていると、

向こうから隣にいる人に電話を代わっても良い?と言われた。

 

私は、良いよ。と言うと電話の向こうから女の人の声が聞こえてきた。

 

『(男友達の名前)とお付き合いしている〇〇と言います。』

 

彼女を紹介されたのだ。

急なことで動揺してしまう私。

よそよそしく挨拶をする私。

今までの楽しい気持ちが急降下していく私。

 

電話口の彼女は幸せそうで、彼女と楽しく過ごしているんだと思うと、胸がぎゅっと苦しくなった。

 

でも、その男友達ともっと喋りたい私は、彼女から電話を代わってもらい会話を繋げようとさらに話題を振る。

 

返答がない。あれ、電波が弱い?

そう言ってスマホ画面を見ると、

通話が切れていた。

 

その瞬間、私たちの関係に男女として繋がる未来はないのだと実感した。

 

私は、彼が電車に乗ったから電話が切れたと考えることで気を紛らわせた。

 

という所で、目が覚めた。

 

寝起きから切なさと悲しさで胸がいっぱいな私は、心をモヤモヤさせたまま一日を過ごした。